城跡探検

 

立派な城を想像してはいけません。平城が普及する前の話で、しかも中世の武家屋敷の話です。
   地名から、大方の推測ができます。
たとえば、八日市場の「城(じょう)」、飯高の「城下(ねごや)」など。「ねごや」は通常、「根古屋」と書き、「前古屋」同様、家来の住む集落を意味します。

   「匝瑳城」や「八日市場城」、「新城」の場合、高台ですが、多くは、半農半士(ほら、「いざ鎌倉!」ってやつ。)であったため、平地に住むことが多かったようです。
   平地の場合、城跡の近所には「クランク」があります。たとえば、野手です。東保育園近辺と弁天池〜カド店間。しかも、弁天池は堀跡ときたもんだ。地名も「御城(みじょう)」というのがあるし。ここには、「野手氏」という方が住んでおられたそうな。このお方は、「押田氏」との戦いに敗れ、茨城に行ってしまいましたとさ。
野手の地図

*「クランク」は「八日市場市の城(じょう)」にもあります。なぜ、クランクがあるかといいますと、見通しを悪くすることで、外敵の進入を防ぐためです。

野栄町で城址を探す
 
  • 野手砦址・・・野手字御城
    野手氏の居城
  • 堀河塁(堀河殿御所跡)址・・・堀川西字姫塚(給食センターのとこ)
    後堀川帝二子吉仁親王の御座所
八日市場で城址を探す。
 
  • 匝瑳城・・・字西ヶ城
  • あの天神山にもお城があったらしい。

 

 
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